ドッグフードの香料「フィッシュ系フレーバー」の種類と添加する目的

ドッグフードの香料「フィッシュ系フレーバー」

四方を海に囲まれた日本では、新鮮な魚介類が豊富に捕れ、古くから人々に親しまれてきました。
しかし近年、日本人の魚離れの進行が懸念されています。
その理由のひとつが、「魚のニオイが苦手」という人の増加です。
特に、小さな頃から欧米的な肉料理に慣れ親しんできた若者に、魚嫌いが多いといわれています。

人からは不評になりつつある魚のニオイですが、ワンちゃんや猫ちゃんたちからの人気は絶大です。
魚を使ったフードというと、キャットフードを連想しがちですが、ペットフードの多様化により、犬用フードにも魚をメインとした商品が多く販売されるようになっています。

ここでは、魚を使用したドッグフードに添加される香料である「フィッシュ系フレーバー」についてご説明します。

魚の「香り」と「生臭さ」

私たちは、「魚のニオイ」と聞くと、ついつい「生臭さ」を連想しがちです。
しかし、生きた魚はそれぞれの種類ごとに個性的なニオイを持ちますが、決して強烈な生臭さを発することはありません。
生きている魚の主なニオイの要因は、アンモニア臭を持つ化合物であるジメチルアミンです。
さらに、各種脂肪酸やうま味をもたらすアミノ酸など、さまざまな物質が加わることにより、魚特有のニオイとなります。
魚の種類により、含まれている脂肪酸やアミノ酸のバランスが異なるため、よくよくニオイを嗅いでみると、魚それぞれで異なったニオイがするはずです。

魚が死ぬと、時間の経過とともに生臭さが強くなります
これは、魚の中に含有されているトリメチルアミンオキサイドという浸透圧の調整作用を持つ物質が、細菌類の酵素で分解されることによって生じる現象です。
トリメチルアミンオキサイドは、魚のうま味成分のひとつでもありますが、細菌に分解されるとトリメチルアミンという物質が生成されます。
このトリメチルアミンが、魚の生臭さの大きな原因です。

魚の死後、時間が経てば経つほどトリメチルアミンオキサイドの分解が進み、トリメチルアミンが大量に発生します。
そのため、鮮度が低下した魚ほど、強い生臭さを発するようになるのです。

魚の種類や部位によっても、トリメチルアミンの含有量は異なります。
トリメチルアミンの含有量が少なく、生臭さの発生が少ない魚には、カツオやサケ、マグロなどが挙げられます。
反対に、タイやタラは、生臭さの出やすい魚です。
また、カツオであっても、血合い肉と呼ばれる赤黒い色をしている部位(※1)は、強いニオイを発することで知られています。

トリメチルアミンには揮発性があるため、魚を焼いてニオイを飛ばしてしまえば、美味しく食べることが可能です。
もしくは、お酢などの酸性物質を用いて、トリメチルアミンの持つアルカリ性を中和してあげてもよいでしょう。

ちなみに、アジやホッケの干物などのニオイは、魚に含まれる油が温度、紫外線、時間経過によって酸化し、アルデヒドやアンモニアなどが生まれることで発生します。
これは魚の生臭さとはまた異なる、油が古くなったようなニオイであり、「油臭い」、「油焼けのニオイ」などと表現されます。

※1 血合い肉は、血合い筋とも呼ばれる部位です。血合い筋にはミオグロビンというタンパク質がタップリと含まれています。ミオグロビンは筋肉の中に存在し、酸素を蓄え、酸欠になりそうになると自らが抱え込む酸素を供給する働きを持ちます。
ミオグロビンの主成分は鉄分です。鉄が酸素と結びついて錆びた色が、血合い肉の赤黒さの元なのです。

上の写真はマグロの身を写したものですが、右端の黒っぽい部分が血合い肉(血合い筋)です。加熱しても生臭さが消えにくい場合があることから、味やニオイの好みが分かれやすい部位です。しかし、吸収性に優れた鉄分を多く含んだ、健康的な部位でもあります。

死後の魚であっても、しっかりと加工された食品は良い香りを放ちます。
日本で最もポピュラーな魚の加工品といえば、かつお節ではないでしょうか。
かつお節の香りは、グアイアコールやジメチルフェノール、バニリン、ジメトキシフェノール類など、舌を噛みそうな名前のさまざまな香気成分が混ざり合うことで構成されています。
これらの香気成分は、イノシン酸やアデニル酸、グルタミン酸、グリコーゲン、脂質、燻製の成分など、多くの成分と一緒になることで、かつお節の深いうま味を作り出す役割も担っています。
うま味成分も、魚の死後に微生物の分解によって生成されますが、時間が経ちすぎるとうま味成分自体も分解されてなくなってしまいます。
そのため、ある程度のところで加熱して微生物の分解作用をストップしてあげることで、うま味や香りを保つことができるのです。

ひとつのフレーバーはいくつもの香料から作られる

このように魚は、生きている間、死んだあと、加工品など、それぞれの状況でさまざまなニオイに変化します。
フィッシュ系フレーバーは、鮮度の高い魚や、かつお節、焼き魚のような、食欲をそそる「良い香り」を再現した香料です。
もちろん魚によってニオイが異なるため、多様な食品に対応できるように、サケやマグロ、かつお、かつお節など、色々な種類のフレーバーが作られています。
また、エビやカニ、ホタテといった、魚以外の魚介類の香りのするフレーバーも存在します。

これらフィッシュ系フレーバーは、何百、何千と存在する香料の中から適切なものを組み合わせて製造されます
フレーバーを構成する香りの成分は、天然香料合成香料とに大別されます。

天然香料

魚やカニ、エビ、貝類など、自然界に存在する生き物から抽出された香料が天然香料です。 天然香料は、2018年4月の時点でおよそ600種類が存在しています。
もちろんこの中には、肉類や乳製品、植物の花や葉、茎、根、種子や果実などから得られた香料も含まれます。

天然香料の原材料は、人々が長いこと食用としてきた歴史を持つものがほとんどです。
また、香料は自然の香りの模倣であるため、わざとらしさを感じないごくわずかな量(食品全体のおよそ0.1%から1%程度)を使用することが一般的です。

「人が食べられるものが原料となっていること」
「使用量が非常に少量であること」
この2点から、天然香料は健康に害を及ぼす危険性が低いと考えられています。
そのため、日本政府が指定する既存添加物(※2)と指定添加物(※3)のどちらにも該当しません。
天然香料は、「天然香料」という独立したカテゴリーに分類されています。

※2 既存添加物・・・自然の動植物に由来し、長年の食経験を通して、健康に対する毒性が低い安全な物質であると考えられている添加物です。
安全性の判断は、「長い間人々の食用とされた歴史を持ち、健康被害の事例が確認されていないか否か」ということが基準になっており、実験による詳細な検討がなされていないものも多く存在します。
そのため、既存添加物として認可されていても、後に毒性が判明して使用禁止となった物質もあります。
2004年に既存添加物のリストから外れたアカネ色素は、ソーセージやカマボコに使用されていた着色料ですが、ラットへの発がん性や遺伝毒性が確認されたため、現在では使用できません。

※3 指定添加物・・・「食品衛生法施行規則」に載せられている、「食品に使用することを認められた添加物」のことです。ほとんどが化学的な合成を経て作られた添加物であり、天然由来の原料から作られたものはあまりありません。
安全性の検証実験を重ね、「体に害を及ぼす可能性が低い」と判断された添加物を、厚生労働省が指定添加物として定めています。

魚介系の香気成分は、魚や貝類、甲殻類などを煮込み、ダシがたっぷりと出たスープ(煮汁)から抽出されることが一般的です。
こうした方法で製造される香料は、調理フレーバーやクッキングフレーバー、エキストラクトなどと呼ばれます。
魚介系の調理フレーバーには、アミノ酸類など、ワンちゃんの体に必要な栄養素も含まれています。
しかし前述通り、フード類に使用される香料はごくわずかであるため、栄養素の供給源としての役割は期待できません。

合成香料

合成香料は、エチレンやアセチレンといった、石油やパルプなどの精製時に得られる物質を原料として化学的に作られます
合成香料の種類は非常に豊富で、2500~3000種類以上存在しますが、主に使用されているのはその中の500種類程度です。

フレーバーの主な目的は、自然界に存在する香りを再現することであるため、人工的に製造された合成香料であっても、その組成は天然の香り成分と同様です。
しかし現在では、天然物にはみられない香り成分を持った香料も、少数ではありますが作られています。
このような香料は、「人工的な」、「不自然な」という意味を持つ英語を用いて、「アーティフィシャル(artificial)」と呼ばれます。
もちろん実験によって安全性は検証済みです。

ドッグフードに使用されるフレーバーは、この膨大な種類の香料の中から、さまざまなものを組み合わせることによって作られています。
魚には、新鮮なお刺身の匂いや燻製の香り、焼き魚の香ばしい匂いなど多くの香りが存在しますが、天然の食品類が持つ香りの中で、人工的に再現できないものはないといわれています。

フレーバーの形状は4種類に大別される

フレーバーの形状は、パウダー、オイル、エッセンス、エマルジョンという4種類に大別され、香りの強弱や耐熱性、親水性などに違いがあります。
それぞれのタイプの香料を使い分けることによって、どのような形状の食品にも香りをつけることが可能です。

フレーバーの主なタイプ(形状)
タイプ 特徴 用途
パウダー
(粉末香料)
デンプン質やデキストリン、ゼラチンなどで乳化させた香料を乾燥させ、粉末状に加工したものです。
同じ粉状の材料に均一に混ざり、加熱しても香りが強く、長く続きます
粉末化された清涼飲料水や調味料、タブレット状のお菓子やサプリメントなどに使用されます。
オイル
(油性香料)
植物性の油脂を用いて、香りの成分を溶かして作られたフレーバーです。
高温調理をしても香りが変質しにくいため、200℃近い温度で焼き上げるビスケットやパンにも使用できます。
ビスケットやクッキーなどの焼き菓子全般、チョコレート、飴、パン、油脂類など、加熱調理が必要な食品との相性が良好です。
エッセンス
(水溶性香料)
アルコールなどで香気成分を抽出・溶解という工程を経て作られます。クリーム状のトロッとした原材料にも、容易に混ぜ合わせることが可能です。
さわやかな香りが豊かに広がりますが、食後の口腔内にはしつこい香りを残しません。
ゼリーやプリン、アイスクリームなど、高熱を加えずに作る菓子類や、清涼飲料水に添加されることが多いです。
エマルジョン
(乳化香料)
安定剤や乳化剤(アラビアゴムなど)を使い、香料を乳化させてから水と混合して作ります。
強い香りよりも、フワッとやわらかな香りづけに適しています。
香りだけでなく、味や色(乳酸菌飲料のような濁りのある色味)ををつけることも可能であり、さまざまな加工食品や飲料に添加されます。

フィッシュ系フレーバーの用途と使用目的

ワンちゃん用の魚肉フードについて

フィッシュ系のフレーバーは、魚をメインに製造されたドッグフードや、ワンちゃん用のおやつ類に添加されています。

ワンちゃんといえば、魚よりも肉類を好むイメージがありますが、魚に目がないワンちゃんも多くいます。
特に日本を原産とする犬種のワンちゃんたちの体質には、魚肉が適しているという説まであるのです。
ドッグフードが存在しなかった時代には、飼い犬は飼い主の食事を分けてもらったり、残飯を与えられることが一般的でした。
海産物に恵まれた日本では、古来よりタンパク源として魚が多く食べられてきました。
当然、人に飼われているワンちゃんも、肉よりも魚を口にする機会が多かったことでしょう。

魚にたっぷりと含まれている脂肪酸のひとつに、DHA(ドコサヘキサエン酸)があります。
DHAは、記憶力や学習能力を良好な状態にキープしたり、血液の流れをスムーズにしてくれるなど、健康に有益な働きを持つ栄養素です。
DHAは、α‐リノレン酸(アルファリノレン酸)という脂肪酸から体内で合成することも可能ですが、ワンちゃんの合成能力は個体差が激しいといわれています。

日本犬は先祖代々、魚からダイレクトにDHAを摂取してきたため、体内で合成する必要がありませんでした。
そのため遺伝的に、α‐リノレン酸をDHAへと変換させる能力が退化している傾向があると考えられているのです。
合成できるDHAの量が少ないワンちゃんには、魚を使ったフードやおやつによって、DHAを直接補給してあげることが有用であるといわれています。

また魚は、肉類にアレルギーを持つワンちゃんにとっては重要なタンパク源となります。
肉類の陰に隠れがちな魚肉フードですが、ワンちゃんに対してこのようなメリットもあるのです。
魚を使ったドッグフードには、主食となるドライフードやウエットフードの他、タラやサケなどを使ったジャーキーや、ふりかけ、魚肉ソーセージなどがあります。

DHAやα‐リノレン酸の詳細については、こちらのページをお読みください。→ドッグフードに含まれる脂肪酸の種類と特徴

とはいえ、フィッシュ系フレーバーを使用したドッグフードの種類は、やはり猫ちゃん用フードには及びません。
例えば、歯磨きガムやデンタルトイ(歯磨き効果のあるオモチャ)などには、ワンちゃん用の商品の場合、チキンやミルクのフレーバーが使われることが一般的です。
しかし、猫ちゃん用のものには、魚のニオイのするフレーバーが頻繁に添加されています。
ちなみに人間用の食品では、カマボコやちくわ、魚肉ソーセージ、魚介類を使ったレトルト食品・インスタント食品などの香りづけに使われています。

フレーバーの添加目的は嗜好性のアップとマスキング

フレーバーをドッグフードに使用する一番の目的は、ワンちゃんの嗜好性の向上です。
フードに使用される原材料の香りは、加工時の加熱や乾燥、粉砕、輸送時、保管時の温度や湿度、時間の経過などさまざまな要因を通して弱化、劣化してしまいます。
嗅覚が優れている犬の食い付きを左右するのは、ニオイです。
ニオイが弱かったり、異臭を放っているようなドッグフードでは、ワンちゃんに気に入ってもらうことができず、リピート購入に繋がることはないでしょう。
そのため、ワンちゃんが喜んで食べてくれるような香りをフードにつけることが必要なのです。

また、ドッグフードには、各種ビタミン類やミネラル類、食物繊維などの栄養素が多く添加されていることが一般的です。
こうした栄養素は、薬のようなニオイや苦み、粉っぽさなどの原因ともなります。
フレーバーには、このような食味に影響を与える物質の味をごまかす(=マスキング)ための役割もあるのです。

フレーバーは、各フードメーカーや各商品ごとに異なったものが用意されます。
通常の流れでは、まず、フードメーカーが香料メーカーに対して、「こういったフードに添加する、このようなイメージの香りのフレーバーがほしい」と、オーダーを出します。
注文が入ると、香料メーカーに所属する「フーレーバーリスト」と呼ばれる調香師(※4)によって、要望に即した香りがブレンドされます。
完成したフレーバーをもとに、オーダーを出した会社と香料メーカーとの間で、イメージの擦り合わせ、配合成分の微調整などが行われ、理想通りの香りが誕生するのです。

※4 食品に添加する香料をブレンドする調香師は、フレーバーリストと呼ばれます。対して、香水や化粧品など、食用以外の商品に使われる香料を作る人は、パヒューマー(パーヒューマー)です。

フレーバーの原材料表示は「香料」の2文字

香りは売り上げを伸ばす大きな要因のひとつとなるため、各フードメーカーは、ライバル社に負けないように、消費者に好まれる香りを作ることに腐心します。
ひとくちに、「マグロの香り」といっても、商品ごとにさまざまなマグロの香りが存在するのです。
もちろん、どのような香り成分を何種類、どのような割合でブレンドしているか、といった情報は公表されていません。

こうした情報は、パッケージの原材料欄を確認してもまず分からないでしょう。
人間用の食品、ペットフード問わず、原材料欄には香料は「香料」(※5)としか表示されていないことが大半です。

※5 日本では、フレーバーを人間用の食品に使用する場合には「香料」、家畜用の飼料に添加する場合には「着香料」と呼び分けています。ペットフードは法的には「食品」に該当しませんが、フレーバーの表示名は「香料」となります。

ひとつのフレーバーを作るためには、多くの種類の香り成分を配合する必要があります。
これらを全て列記することは現実的ではなく、記載してしまうと消費者の混乱を招くリスクもあるとして、詳細な成分名の表示は法律によって免除されているのです。

さらに、フードにおける香料の割合は非常にわずかであり、健康に対する悪影響を及ぼすほどではないと考えられていることも一因です。
しかし、100%健康被害が出ないという保証はありません。
天然香料は、食品などから香気成分を抽出します。
そのため、魚や肉、ミルクなどにアレルギーを持つワンちゃんであれば、それらを原料とするフレーバーに反応が出てしまう可能性は否定できません。
また、合成香料は石油などから作られますが、原料中に含まれる不純物などに対してアレルギー反応を起こすリスクも指摘されています。

まとめ

フレーバーは、栄養素としてワンちゃんの体に有益に働くことはありません。
健康上のメリットがないばかりでなく、アレルギーの心配も完全には払拭できないため、なるべくであれば香料の入っていないフードを選びたいと考える飼い主さんも多いことでしょう。

幸いにも、魚を使用した犬用おやつには、原材料の香りを生かした無香料商品も多く販売されています。
また、香料を使用していても、「合成香料は使用しておりません」、「香料には魚介類のエキスを使用しています」などのように、ある程度の情報が明記されているケースもあります。

しかし、加工途中で失われていく素材の香りを補い、都合の悪い味をごまかしてくれるフレーバーは、フードへのワンちゃんの食い付きをアップさせてくれる添加物でもあるのです。
愛犬の食欲がない時や、薬をフードに包んで飲ませる際などには、香料の強いニオイが役立つことでしょう。
愛犬の好みや用途によって、香料使用・不使用のフード類を、上手に使い分けていきましょう。