ドッグフードの原材料「マス」の栄養素と犬への安全な与え方

ドッグフードの原材料「マス」

塩焼きやフライ、ソテー、鱒ずしなどで日本人にも馴染み深いマス(鱒/ます)は、ドッグフードにも使用されることも多い魚です。
ここでは、マスについての基礎知識から生育環境によって左右されがちな栄養素の話、愛犬に与える際の注意点などをご紹介していきます。

河川や湖に留まるものを「マス」と呼ぶ

意外に思われる方もいらっしゃるでしょうが、マスとサケは生物学的にハッキリとした区別はありません
マスもサケも河川や湖で産まれますが、その場に留まり生活するものを「マス(トラウト)」、海へ出て生活し、産卵期に再び産まれた場所へと戻るものを「サケ(サーモン)」と呼ぶことが一般的です。
産まれた場所から離れずに一生を終えるタイプは「陸封型」、海へと出ていくタイプは「降海型」と呼ばれ区別されます。
同じ種類であっても陸封型と降海型に分かれるニジマスやヒメマス、全てが海へと下るカラフトマスなど、種類によって生態はさまざまです。前者は、陸封型と降海型で呼び名も異なります。
一般的に降海型の魚の方が寿命が長く、体も大きく育ちます。

陸封型の呼び名 降海型の呼び名 それぞれの特徴
なし
(全て降海型)
カラフトマス(樺太鱒)
アオマス(青鱒)
ホンマス(本鱒)など
マスの中では漁獲量が最も多く安価です。脂が少なめでサッパリとした味わいを持ち、主にサケ缶などの加工品として利用されています。
ニジマス(虹鱒)
レインボートラウト
スチールヘッド ニジマスに改良を加えた養殖ものが多く販売されています。チリや日本の各地でブランドものが育てられており、刺身や寿司などにも利用されます。
ヒメマス(姫鱒) ベニザケ(紅鮭) ヒメマスは水分が多くうま味があり、北海道で高級魚として人気です。ベニザケは脂の乗りが良く美味ですが、日本ではわずかしか捕れない高級品です。
ヤマメ
(山女魚/山魚)
サクラマス(桜鱒) 流通しているヤマメはほぼ養殖ものです。昔の日本では、「マス」といえば降海型であるサクラマスのことのみを指していました。

アレルギー対策用ドッグフードによく使われる

マスは、ドッグフードにも比較的よく利用されている原材料のひとつです。
パッケージには「トラウト(マス)」というように併記してあるケースもありますが、「トラウト」とのみ表示されていることもあります。

アレルギーを持つワンちゃん用のフードにも、マスを使ったものが多くみられます。
アレルギーは同じ食材を食べる回数が多いほど、発症するリスクが上がります。
ドッグフードには魚よりも肉類がメインとなっているものが多いため、ワンちゃんが食べる機会の少ないマスが、アレルギー用フードに利用されているのです。

しかし、マスを使ったフードのラインナップが豊富になるにつれて、ワンちゃんがマスを口にする機会も増えてきました。
そのため、今までは「食べる機会が少ない=アレルギー発症リスクが低い」とされていたマスによってアレルギーを起こすワンちゃんが、今後は増加するのではないかと懸念されているのです。

「アレルゲンとなりにくい」といわれる食材でも、毎日食べ続ければアレルギー発症の可能性は上昇していきます。
これはマスに限らず、アレルギーフードに頻繁に使用される他の魚類(ナマズ、イワシ、タラなど)やラムや馬、ベニソン(鹿)、カンガルーなども同様です。
「この食材はアレルギーを起こしにくい」という情報に安心せずに、ワンちゃんが同じ食材を摂取し続けないように注意してあげましょう。
ドッグフードを与えている場合には、数ヶ月おきに異なるタンパク源を使用したフードに切り替える方法(フードローテーション)を行っている飼い主さんも多いです。

マスの多彩な栄養素

マスの脂質について

環境により脂肪分が増減する

マスは、生育環境によって脂肪分の含有量が増減します。
一般的に、養殖ものの方が天然ものに比べて脂肪の含有量が多い傾向にあります。
これは、成長を加速させるために、タップリの餌で育てられるためです。
そのため南米のチリや日本などで養殖が盛んなニジマスの改良種は、脂質が増えすぎてしまうこともあるといいます。
脂が少ない魚は味気ないものですが、反対に脂が乗り過ぎていてもベタっとしていておいしくありません。
脂肪が付きすぎてしまったマスは、しばらく餌やりをストップして脂肪を減らしてから出荷されるのだそうです。

下の表は、天然ものと養殖のニジマスの栄養素を比較したものです。それぞれ値が大きい方の色を赤く示しました。
養殖のニジマスの方がカロリー、脂質ともに圧倒的に多いことが分かります。

天然と養殖ニジマスの各種栄養素含有量の比較(可食部100g当たり)
ニジマス(天然) ニジマス(養殖)
カロリー kcal 127 226
タンパク質 g 19.7 20.8
脂質 g 4.6 14.7
ビタミンA μg 17 67
ビタミンB1 mg 0.21 0.15
ビタミンB2 mg 0.1 0.09
ビタミンB6 mg 0.36 0.42
ビタミンB12 μg 6 5.7
ビタミンE mg 1.2 5.8
ビタミンD μg 12 11
カルシウム mg 24 12
脂肪分の中にはDHAやEPAがタップリ

脂質というと、ダイエットや健康の敵と思われ嫌われがちですが、マスの脂肪分にはワンちゃんの健康維持に役立つDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)といった脂肪酸が豊富に含まれています。

DHA(ドコサヘキサエン酸)
血管の弾力をアップさせ、血液を流れやすくしてくれる栄養素です。
また、脳に作用する働きが強く、学習能力や記憶力を維持し、認知症予防効果も期待されています。

しつけ真っ最中の子犬や、しっかりとした頭の働きが要求される使役犬(盲導犬や警察犬など仕事を持つ犬)、認知機能が不安になってくるシニア犬などには、特に積極的に摂取させたい成分です。

他にも視力回復作用や、暗順応(※1)の正常化、白内障の予防などにも有効であるといわれています。

※1 暗順応・・・暗闇に目が慣れ、物が見えるようになることです。目の暗順応の機能が低下すると、明るい場所から暗い場所に移動した際に、目が慣れて周囲が把握できるようになるまでに時間がかかってしまいます。夜道の散歩や暗闇での行動などの際、自ら明かりをつけることのできないワンちゃんたちにとっては、非常に大切な機能であると考えられます。

EPA(エイコサペンタエン酸)
血液を固まりにくくすることで、血流を改善してくれます。
血栓の防止効果に優れており、心筋梗塞や脳血栓の予防に繋がります。
血糖値や血圧、コレステロールの低下にも効果的とされています。

このふたつの脂肪酸は、アレルギーの炎症を抑える働きも持っており、ワンちゃんの体にさまざまなメリットをもたらしてくれます。
積極的に摂らせたい栄養素であることには違いないのですが、ひとつ欠点があります。
これらは不安定な物質であり、非常に酸化しやすいのです。

ドッグフードに加工されたマスにも、当然DHAやEPAは含まれているため、保存には注意しなければなりません。
パッケージはしっかりと密閉し(フードストッカーを利用してもよいでしょう)、日光の当たらない涼しい場所に保管しましょう。

一度フードを開封したら賞味期限にかかわらず、早めに使い切ることも大切です。
一般的には開封後1ヶ月以内に消費することが目安とされていますが(ドライフードの場合)、フードによっては2週間程度などとされていることもあります。

アスタキサンチン含有量は餌によって異なる

脂肪分と同様に、餌の内容に左右されるのがアスタキサンチンという色素の量です。
白身魚であるはずのマスの身がピンク色や紅色をしているのは、このアスタキサンチンによるものです。

アスタキサンチンは赤い色を持つ色素で、ヘマトコッカスという藻類に含まれています。
これをプランクトンやカニやエビ、オキアミといった甲殻類が食べ、さらにそれをマスが食べます。
これを繰り返すことでマスの体内にアスタキサンチンが蓄積され、白い身が赤みを帯びてくのです。

一般的に、鮮やかな紅色をしたマスや鮭のほうが好まれる傾向にあります。
養殖のマスの場合は、アスタキサンチンの少ない(または含まない)餌を食べていると身に色が付かないため、見栄えが良くありません。
そのため、餌にアスタキサンチンを混ぜ、鮭のような鮮やかな紅色に近付けることが行われています。
見た目が良くなる以外にも、アスタキサンチンを混ぜた餌をもらっているマスは病気にかかりにくく、死亡率が低いともいわれているのです。

このことからも分かる通り、アスタキサンチンは健康に有益な働きを持つ栄養素でもあります。
アスタキサンチンはカロテノイドと呼ばれる天然色素の一種であり、非常に強力な抗酸化力を持つことで知られています。
その強さはビタミンEの1000倍ともいわれ、過酸化脂質(※2)から細胞をしっかりと保護してくれるのです。

また、アスタキサンチンのサプリメントをワンちゃんに継続的に与えた実験においても、以下のような結果が報告されています。

  • 被毛にツヤが出たり、毛量が増える
  • 熟睡できるようになる
  • 活発に動けるようになる
  • 目やにが減少し、物をしっかりと見られるようになる
  • 便臭が軽減される

このようにアスタキサンチンには、若いワンちゃんだけではなく、シニア期の子にもうれしいさまざまな効果が期待できるのです。

※2過酸化脂質・・・脂質が酸化することで、過酸化脂質という物質に変化します。過酸化脂質は体内をサビ付かせ(酸化)、数々の生活習慣病(ガン、糖尿病、心臓病など)や老化促進の原因となることがあると指摘されています。

ビタミンB群は皮に多く含まれる

マスには、ビタミンB群も豊富に含まれています(中でも皮の周辺にビタミン類が集中しています)。
特にビタミンB1とビタミンB6、ビタミンB12を多く含有しています。
それぞれの栄養素の働きを簡単にご紹介しましょう。

ビタミンB1

ブドウ糖からエネルギーを作る際に活躍する栄養素がビタミンB1です。
ブドウ糖は体の動力源となるだけでなく、脳の唯一のエネルギー源でもあります。
すなわちビタミンB1は、ワンちゃんの頭をしっかりと働かせるためには不可欠な成分なのです。

また、自律神経を調節し体調を保つ役割を持つアセチルコリン(神経伝達物質)の合成にも関与しています。
ビタミンB1の働きによりアセチルコリンがしっかりと合成されることで、脈拍数や血圧、認知機能が正常に保たれているのです。
ビタミンB1にはその他にもさまざまな作用があります。詳しくはこちらの記事をご覧ください。
 →ドッグフードのビタミンB1の働きとは?欠乏した犬はどうなるの?

ビタミンB6

ビタミンB1は脳に重要な栄養素でしたが、ビタミンB6はワンちゃんの体を作るために活躍します。
ビタミンB6は、食事を通して体内に入ったタンパク質が、体に適したタンパク質へと作り変えられる際に働く酵素を助ける補酵素となります。
ご存じの通り、タンパク質は皮膚や肉、被毛、血液などありとあらゆるところに必要な栄養素です。
ビタミンB6のサポートにより、タンパク質の再合成がスムーズに行われ、健康な体が作られていくのです。

タンパク質摂取量が多いほど、再合成に利用されるビタミンB6も多く必要となります。
日頃からタンパク質を多く取っているワンちゃんにとっても、ビタミンB6は非常に大切な栄養素です。
ビタミンB6についての詳しい解説はこちらをご確認ください。
 →ドッグフードの栄養素「ビタミンB6」の働きについて知ろう

ビタミンB12

ビタミンB12は赤い色を持つことから「赤いビタミン」、そして赤血球(体内における酸素の運搬役)を作り出す作用を持つことから「造血のビタミン」と呼ばれています。
ビタミンB12と葉酸によって赤血球が合成されることで、ワンちゃんが貧血症状から守られているのです。たとえ鉄分が充分に取れていても、このふたつの栄養素のうちどちらかが欠けると貧血を起こしますので、バランスよく摂取することが必要です。

ビタミンB12には神経の痛みや体のコリ、睡眠リズムの改善など、ワンちゃんの生活の質を向上させる様々な効果も期待できます。
また2017年現在において、ビタミンB12が認知症の改善・予防に応用できるのではないかと研究がなされてます(ただし、人間に対しての研究です)。
昔から知られている健康効果に加えて、さらなる作用が期待できるとして、注目を集めている栄養素なのです。
ビタミンB12については、こちらの記事で詳しくご説明しています。
 →ドッグフードの栄養素「ビタミンB12」の働きと欠乏のリスクとは?

犬にマスを与える際に気を付けたいこと

ドッグフードに加工されているものであれば、そのままワンちゃんに食べさせても何の問題もありません(ただし、アレルギーにはお気を付けください)。
しかし、スーパーなどで売られているマスを購入してフードを手作りする場合には、いくつか注意したいポイントがあります。

アニサキスの幼虫は加熱して退治する

生のマスには、アニサキスという寄生虫の生きた幼虫が潜んでいる可能性があるため、ワンちゃんに与える際には注意が必要です。
アニサキスの幼虫は、全長2~3㎝程度の細く白っぽい糸くずのような見た目をしています。
個体によっては渦を巻いたように丸まっている場合もあります。
アニサキスが生きた状態で体内に入ると、ひどい腹痛や吐き気、嘔吐、じんましんなどの症状を引き起こすことがあるのです。

アニサキスは酢や塩、ワンちゃんの胃液などでは退治することができません。
しかし、加熱(60℃以上の温度で1分間以上)冷凍(-20℃以下で24時間以上)することにより死滅させることが可能です。
これを利用したものが、もともとはアイヌ民族の料理であり、現在は北海道の名物ともなった「ルイベ」です。
ルイベは、硬く凍らせたマスや鮭を薄くスライスしてそのまま(または火で軽く炙ってから)食べます。
魚を冷凍するために保存性も高まり、アニサキスなどの寄生虫対策ともなる非常に理にかなった方法なのです。

少々気持ち悪い話ですが、アニサキスをよく噛んで細かくすることによっても退治はできます。
とはいえ、ワンちゃんには丸飲みの習慣を持つ子も多いため、生きたまま飲み込んでしまう可能性も高いです。
やはりアニサキスが愛犬の口に入る前に処理する方法がベストでしょう。
目視で全て取り除ければよいのですが、見落とすこともあります。
ワンちゃんにマスを与える際にはしっかりと加熱調理をしましょう

養殖のマスは、寄生虫に感染しない環境を作り上げ、その中で育てられていることがほとんどです。
そのため生食が可能なものが大半ではあるのですが、ワンちゃんにはオススメできません
その理由は次の項目でご説明します。

チアミナーゼでビタミンB1欠乏リスクが上がる

ワンちゃんに生食のマスが適していないもうひとつの理由として、チアミナーゼの存在が挙げられます。
生のマスにはチアミナーゼという、ビタミンB1(化学名:チアミン)を分解する作用を持つ成分が含まれているのです。
マスの生食を繰り返していると、このチアミナーゼの働きによってビタミンB1が不足するリスクが高まります。

ビタミンB1が欠乏すると脚気を発症したり、心臓肥大や視力低下、神経の麻痺、子犬の場合は発育が悪くなるなどワンちゃんの体にさまざまな悪影響が出てきます。
子犬は成犬の2倍のビタミンB1が必要ともいわれており、特に欠乏には気を付けたい時期です。
また成犬(※3)の食糞も、ビタミンB1不足が原因となりうると指摘されています。

このチアミナーゼは加熱することによって活性が失われます
マスに限らず、生魚にはチアミナーゼが含有されていますので、ワンちゃんをビタミンB1不足にしないためにも火を通した魚を与えるようにしましょう。

※3 成犬であっても、子育て中の母犬が子犬の糞を食べてしまうことは正常範囲であるとされています。これは、糞を始末することによって巣の中の衛生環境を保ったり、ニオイを消して外敵から気付かれにくくするために行われていると考えられるためです。子犬が食糞をするケスもありますが、これも母犬のマネだったり、興味本位から口にしているだけのことが多いため、あまり心配する必要はありません。ただし、成犬になっても食糞が治まらない場合には、何らかの原因(はっきりとしたことは分かっていません)があると考えられています。

まとめ
マスは育った環境によって含有する栄養素が大きく異なるという、さまざまな魅力を持った魚です。
太り気味のワンちゃんにはヘルシーな天然ものを、活発でエネルギーが必要なワンちゃんには養殖ものをと、愛犬の状態に合わせて贅沢に使い分けることも可能です。
マスや鮭は特にアニサキスなどの寄生虫のリスクが高いといわれているため、加熱調理を怠らずに愛犬に食べさせてあげましょう。