ドッグフードの栄養添加物「ヨウ素酸カリウム」の働きと欠乏・過剰

ドッグフードの栄養添加物「ヨウ素酸カリウム」

日本において、ヨウ素酸カリウムを人間用の食品に添加することは認められていません。
そのため馴染みが薄く、どのような物質であるのかご存じない方が多いのではないでしょうか。

ヨウ素酸カリウムは、ヨウ素の強化を目的として、ドッグフードや家畜飼料に配合されています。
ヨウ素は、甲状腺ホルモンの構成成分となり、栄養素の代謝やタンパク質の再合成などに関与するミネラルです。

ここでは、ヨウ素酸カリウムという物質の概要や、犬の体内でのヨウ素の働き、ヨウ素が欠乏した際の健康への影響などをみていきたいと思います。

ヨウ素酸カリウムとは

ドッグフードへの添加目的はヨウ素の補給

ヨウ素酸カリウム(化学式はKIO3と表記します)は、ヨウ素酸とカリウムの化合物です。
常温下では白い粉末状をしているヨウ素酸カリウムは、水に溶解する反面、エタノールには溶けません。
ヨウ素酸カリウム自体は不燃性ではあるものの、他の可燃物(油や紙類、木材など)を発火させたり、燃焼を促進させる作用を持ちます。
これは、熱によって分解されると酸素を発生させるというヨウ素酸カリウムの性質によるものです。

ヨウ素酸カリウムは、ワンちゃんの体に必須のミネラルである「ヨウ素」を補給するために、ドッグフードに添加されています。
また、ドッグフード以外のペットフードや、鶏や豚、牛などの家畜用の飼料添加物としても使用されています。

ヨウ素は海水中に多く含まれている成分であり、海洋国では土壌の含有濃度も高い傾向があります。
一方で、海から遠く離れた内陸部や山岳地帯では不足しがちなミネラルです。
そのため、国によっては(アメリカやヨーロッパ諸国、インド、中国の山岳地帯など)、赤ちゃんの飲む粉ミルクや食卓塩にヨウ素酸カリウムを添加して、ヨウ素の欠乏を防いでいるケースもあります。
四方を海に囲まれた日本では、ヨウ素の欠乏が起こることは稀であり、ヨウ素酸カリウムも食品添加物としては認められていません
(なぜ日本ではヨウ素の欠乏症が少ないのかについては、「ヨウ素欠乏の症状は、老化現象と似ている」にて詳しくご説明します。)

内部被ばくを防ぐためのヨウ素剤としても利用される

ヨウ素酸カリウムは、ヨウ素剤として、原子力施設の事故が起こった時のために備蓄されています。
ヨウ素剤は、原子力災害などで放出された、放射能に汚染されたヨウ素から体を守るために使用されます。

ヨウ素は体内に入ると消化管で吸収されて血流に乗り、最終的には甲状腺に取り込まれます。
甲状腺は、ヨウ素を利用して甲状腺ホルモンを合成する働きを持った内分泌器官であり、ホルモンの安定供給のために、材料となるヨウ素を積極的に吸収しようとします。
そのため、原子力施設の事故によって大気中に放たれた「放射能を含むヨウ素」を吸い込むと、それも甲状腺に吸収されてしまい、内部被ばく(甲状腺のガンや機能亢進症を誘発するリスクがあります)の原因となってしまうのです。
しかし、血中のヨウ素濃度が高くなると、甲状腺はヨウ素の取り込みをセーブします

すなわち、ヨウ素剤とは、あらかじめ通常のヨウ素で血液を満たし、放射性を持つヨウ素が体内に入ってきても、甲状腺に吸収されないようにするためのものなのです。

日本は世界第2位のヨウ素生産国

ヨウ素酸カリウムは、ヨウ素と水酸化カリウムを反応させて作られる添加物です。
原料のひとつであるヨウ素は、海や川の水、土などに含まれる他、海の中の藻類や、それをエサとする生物の死骸などからできた堆積物にも多く含有されています。
この堆積物由来であり、海水以上のヨウ素濃度を誇る「かん水」という塩水は、地中深くに埋蔵されています。
かん水に溶け込んでいる資源が天然ガスです。
ヨウ素は、天然ガスの採取の際に、副産物として一緒に取り出されます。

日本では、千葉県茂原市を中心として広範囲に広がるガス田が有名です。
国内で産出されるヨウ素の7割以上は、このガス田で採取されています。
世界的にみても、日本はチリに次ぐ第2位のヨウ素生産国なのです。

犬の必須微量ミネラルであるヨウ素とは

ヨウ素はヨードとも呼ばれる

ここでは、ヨウ素酸カリウムから摂取できる「ヨウ素(沃素)」とはどのような栄養素なのか、みていくことにしましょう。
ヨウ素は、元素記号「I」で表される、ミネラルのひとつです。
常温では固体を保ち、黒色から暗い紫色をした表面は、金属特有の光沢がみられます。

英語では、ヨウ素のことを「iodine」と呼びますが、これはギリシア語の「iodes(紫色)」や、ラテン語の「ioeides(スミレ色)」が語源です。
その名の通り、気体となったヨウ素は美しい紫色をしており、独特の臭気を放ちます。
通常、物質は、固体→液体→気体という順に変化しますが、ヨウ素は固体の状態から、液体を経由せず、ダイレクトに気体になる「昇華」という性質を持ったミネラルです。

日本語の「ヨウ素」という名称は、ドイツ語名の「jod(ヨート)」から派生しています。
また、栄養素としては「ヨウ素」といわれることが多いですが、工業的には「ヨード(沃度)」という別名も持ちます。
ヨウ素は殺菌作用や漂白作用に優れるため、消毒薬やうがい薬に用いられることも多く、その際は「ヨード」と呼ばれることが一般的です。
そのため、「ヨウ素よりもヨードという呼び名の方が馴染みがある」という方も多いのではないでしょうか。

甲状腺ホルモンの材料となる

ヨウ素はワンちゃんにとっての必須ミネラルです。
必須ミネラルとは、摂取量が足りない、もしくは一切摂取しない場合に動物の体調に異変が生じ、再び投与すると不調が回復することが確認されている、生きていくために不可欠なミネラルを意味します。

必須ミネラルには、多量ミネラルと微量ミネラルがあります。
カルシウムやナトリウム、カリウムのように、生体内に比較的多く存在する、または1日に摂取しなければならない量が多いものが多量ミネラルです。
反対に、ほんのわずかな量があれば十分な働きをしてくれるミネラルを、微量ミネラルと呼びます。
ヨウ素はこの微量ミネラルに分類されています

ほぼ全ての栄養素は、欠乏だけではなく、過剰摂取でも健康に悪影響を及ぼすリスクを持ちます。
その中でも微量ミネラルは、毒性の強いもの(セレンなど)が存在するということもあり、要求量以上の摂取には特に注意をしなければならない栄養素です。
とはいえ、常識的な食事を摂らせている限りは過剰症になるリスクは低いため、必要以上に不安になる必要はありません。
しかし、犬用サプリメントなどから摂取させる場合には、規定量を守らずに与えてしまうと、過剰症を誘発する可能性があります。サプリメントを利用する際には、決められた摂取量を守りましょう。

食品などから取り込まれたヨウ素の多くは、血液の流れに乗って、ワンちゃんの甲状腺に取り込まれます
犬の喉の左右に存在する甲状腺からは、「T3(トリヨードサイロニン/トリヨードチロキシン)」と、「T4(サイロキシン/テトラヨードチロキシン)」という2種類の甲状腺ホルモンが分泌されています。
これらホルモンの材料となるミネラルが、ヨウ素です。
ちなみに、「T3」や「T4」の「3」や「4」といった数字は、各ホルモンがいくつのヨウ素から構成されているかを表しています。

T3やT4は、体の新陳代謝をアップさせ、炭水化物やタンパク質、脂肪のエネルギー変換や適切な体温の維持、一度アミノ酸に分解されたタンパク質の再合成など、さまざまな機能に関与するホルモンです。
動物はエネルギーがなければ活動することができませんし、タンパク質が利用できなくなれば体や免疫力が維持できずに衰弱してしまいます。
甲状腺ホルモンは、ワンちゃんの成長や体調の維持に不可欠なホルモンなのです。

ドッグフードのヨウ素含有量

AAFCO(米国飼料検査官協会)(※1)では、ドッグフードの重量1kg当たりに必要なヨウ素の含有量は、最小でも1.5mg、最大で50mgと定めています。
日本を含む多くの国のフードメーカーは、このAAFCOの基準に乗っ取って、フード作りを行っています。
したがって、「AAFCOの基準を満たしています」などと書かれた「総合栄養食」表記のあるドッグフードであれば、ワンちゃんの要求量を満たすだけのヨウ素が含まれていると判断してよいでしょう。

しかし、何を用いてヨウ素を補っているかは、フードによって異なります。
ヨウ素は、昆布や魚、穀物類の外皮に多く含まれている傾向があるため、こうした素材を組み合わせて必要な量をカバーしている場合もあります。
もちろん、食材だけで補いきれない場合には、ヨウ素酸カリウムを添加して必要量を満たすこともあるでしょう。
すべてのドッグフードに、ヨウ素酸カリウムが添加されているというわけではありません。

※1 AAFCO(米国飼料検査官協会)・・・ドッグフードやキャットフードに必要な栄養素の種類や量、また、フードパッケージにおけるラベル表示方法の規定などを検討、発表しています。アメリカの国と各州の代表によって運営されている組織です。

ヨウ素の過剰と欠乏

ヨウ素欠乏の症状は、老化現象と似ている

上でも述べた通り、日本は周囲を海に囲まれており、土壌にもヨウ素が豊富に存在している国です。
海水に含まれたヨウ素は、バクテリアや紫外線による分解などを通して気化し、海風に乗って陸地までやってきます。
こうして大気中に散らばったヨウ素は、土壌や河川にも含まれる他、ワンちゃんの呼吸とともに体内へと入り、栄養として吸収されるのです。

また、ヨウ素が豊富な土で育った作物には、当然ヨウ素が多く含まれています。
そのため、日本で暮らし、日本産の食材を使ったドッグフードや手作り食を食べているワンちゃんであれば、ヨウ素不足になる心配は少ないといわれています。
もちろん、総合栄養食をしっかりと摂取しているワンちゃんも問題はないでしょう。

しかしヨウ素は、外皮が取り除かれた白米や小麦粉、肉類などにはあまり含有されていません。
肉類は多くのワンちゃんのメインフードとなるため、食材の組み合わせ方によっては、ヨウ素があまり摂取できないメニューになってしまうケースがあります。

ヨウ素が不足すると、T3やT4といった甲状腺ホルモンが十分に合成されなくなります
すると、脳の下垂体から、「もっと甲状腺ホルモンを作りなさい」と命令するホルモンが放出されます。
このホルモンによって刺激された甲状腺は次第に肥大していき、機能の低下が起こるのです。

ヨウ素不足によってワンちゃんにみられる症状には、以下のようなものが挙げられます。

  • 体がだるそうになる
  • 動きがゆっくりになる
  • 体温が低下し(※2)、寒がりになる
  • 脈の拍動が遅くなる
  • 皮膚が色素沈着を起こして黒ずんだり、分厚くなる
  • 皮膚や爪がもろくなる
  • 被毛にツヤがなくなり、パサつく
  • わきの下やお腹、胸元などの擦れやすい箇所を中心に脱毛が起こる
  • 水分の代謝が悪くなることで全身がむくみ、顔が悲しそうな表情に見える
  • 体重が増加する
  • 妊娠しにくくなる
  • 体や脳の発育が遅くなる、止まる(子犬の場合)

※2 犬の平均体温は、小型犬の場合は38.6~39.2℃程度、大型犬は少し低めの37.5~38.6℃くらいであるといわれています。いずれも人間よりは高い温度がワンちゃんの平熱となります。

ヨウ素の欠乏は、上記のようにさまざまな症状を引き起こします。
しかしこれらは、ワンちゃんの老化にともなう新陳代謝の低下などによって引き起こされる症状とも一致します。
したがって、シニア世代(※3)のワンちゃんにこのような症状が現れても、「もう歳だから仕方がない」と、異常が見逃されてしまうことも多いのです。

※3 老化によって、ワンちゃんの体に変化が生じ始める年齢は、一般的に7才以降と考えられています。これは、高齢犬用のドッグフードの対象年齢が大抵「7才以上」に設定されていることからも明らかです。
しかし老化速度は個体差が大きく、ワンちゃんの生活環境や体質などにも左右されます。
さらに、大型犬か小型犬かによっても変わってきます。
一般的に「シニア期」と呼ばれる年代は、小型犬よりも平均寿命が短い傾向にある大型犬や中型犬は7~8才以降、小型犬は10才前後であるといわれています(2018年3月現在において)。

ヨウ素の過剰でも欠乏と同様の症状がみられる

ヨウ素は大量に体の中にあればよいというものではありません。
過剰摂取によっても、甲状腺ホルモンは作られにくくなるのです。
したがって、ヨウ素の過剰摂取は、欠乏と同じような症状を引き起こします。

北海道においては過去、ヨウ素の多い昆布を大量に摂取することによる甲状腺腫が発症した事例がありますが、ワンちゃんがこのような食生活をする可能性は限りなく低いでしょう。
そもそも食物繊維が豊富な海藻類は、犬にとって消化しやすい食品ではありません。
ヨウ素の摂り過ぎの前に、消化不良の方が心配です。
また、肉類のヨウ素含有量が少ないことなどを合わせて考えると、常識的な食生活を送っているワンちゃんであれば、健康被害が出るほどのヨウ素を摂取することはほぼないでしょう。

まとめ
ヨウ素の補給源としてのヨウ素酸カリウム、そしてミネラルとしてのヨウ素の働きについてご説明しました。
ヨウ素は甲状腺ホルモンとなり、体や脳の発育や生命の維持を助けてくれる大切な栄養素です。
海外の国々では欠乏症が問題になりがちなヨウ素ですが、海洋国家である日本に暮らす私たちやワンちゃんにはその心配はあまりありません。
とはいえ、ワンちゃんの偏食や、偏ったメニュー(肉や白米、小麦粉だけの献立など)は、ヨウ素欠乏による甲状腺の機能低下を招きかねません。
海からの恵みに感謝しつつも、バランスの取れたごはんをワンちゃんに食べさせてあげましょう。