中国産ドッグフードが危険といわれる理由

中国産のドッグフード

中国産のドッグフードに対して、皆さんはどのような印象をお持ちですか?
「ぜひとも自分の愛犬に食べさせたい」と思う人は、おそらく少数なのではないでしょうか。

日本において、「中国産原料は使用しておりません」という言葉は、食品のセールスポイントのひとつとなっています。
また、アメリカのある企業は「チャイナフリー(China Free)」と書いたシールを自社製品に添付することなどで、安全性をアピールしています。
さらに、全てのアメリカの食品から、中国産原料を追放しようという運動も行われているのです。

ここでは、中国産のドッグフードやその原材料がここまで警戒されるようになった経緯や、日本での販売状況などについてご紹介していきたいと思います。

中国で拡大するペットブーム

2000年代の始め頃まで、中国の人々にとって、犬は「食料」という認識でした。
しかし次第に、「血統書付きの犬を飼うこと」イコール「自分の財力を示すこと」と考える人が増え、2018年現在では犬を「ペット」と認識する人が多くなりました。

また、一部の富裕層だけではなく、子どもが独立した老夫婦や、独身の働く若い女性たちにも、犬を飼うことが広がりつつあります。
犬は、年配の人たちにとっては「我が子」、若い女性たちにとっては、独り暮らしの寂しさや退屈を癒してくれる「家族」のような存在です。
一般的に、女性は男性に比べて、あれこれと迷いながら買い物をすることを好みますし、美容にも時間やお金をかける傾向があります。
そのため、愛犬家の女性たちの中には、犬用のフードや洋服、各種犬用品、トリミング(人によっては犬の被毛にカラーリングなどを施すケースもあります)などに、給料の大半を注ぎ込む人もいるといわれています。

こうした人々の意識の変化にともない、2010年頃から中国のペット産業に急激な発展がみられるようになりました。
2015年には、1,000億人民元(日本円で約1億6900兆円)を超える市場規模にまで成長しています。
中国における犬の飼育頭数は、2016年時点で世界第3位の約2740万匹にものぼり、これはオーストラリアの人口(約2460万人)を超える数字です。
猫はさらに多く、およそ5810万匹が飼育されています。
犬や猫の飼育頭数は伸び続けているため、これからさらに中国のペット業界が発展していくことが予測されています。

多くの犬猫に被害が出たメラミン混入事件

中国国内のペット産業の盛り上がりとは裏腹に、日本や諸外国において、中国産のペットフードに対するイメージは、決して良いものではありません。

中国産、もしくは中国の原材料を使ったフードへの警戒感が強まる原因となった決定的な出来事は、2007年に起こった「ドッグフードへのメラミン※1)混入事件」ではないでしょうか。
事件当時は日本のマスコミでも盛んに取り上げられていたため、ご記憶の方も多いことと思いますが、ここで簡単に事件の経緯をご説明します。

※1 メラミン・・・尿素を加熱することによって得られる有機化合物です。メラミンとホルムアルデヒドを反応させることにより、プラスチックの一種であるメラミン樹脂が得られます。メラミン樹脂で作った食器(メラミン食器)は、軽いうえに傷付きにくく、保温性にも優れるため、多くの国で利用されている商品です。さまざまな形に加工でき、彩色も自由自在なことから、赤ちゃん用の可愛らしい食器にも頻繁に使用されています。ただし、メラミン樹脂は熱を加えると固まる性質を持つ「熱硬化性樹脂」です。そのため、メラミン食器は電子レンジやオーブンなどには使用できないというデメリットも持ちます。

2007年、アメリカでの出来事です。
カナダにある製造工場で作られたドッグフードやキャットフードを食べた犬や猫が、相次いで腎不全で死亡するという事件が起こりました。
事件当初は、原因が特定できずに情報が錯綜しましたが、その後、原材料の一部にメラミンや、メラミンに由来するシアヌル酸(※2)が入っていたことが判明します。

※2 シアヌル酸・・・尿素に熱を加えることで合成されるメラミンから、アンモニアが抜けることによって発生する有機化合物です。

メラミンは、ラットの実験により、経口投与による膀胱結石の発生が確認されていますが、強い毒性を持っているわけではありません。少し体内に入った程度であれば、代謝されることなくそのまま尿と一緒に出ていってしまいます。
しかし、メラミン生成時に発生するシアヌル酸と一緒になると、両者が結合してシアヌル酸メラミン(別名:メラミンシアヌレート)という物質が生成されます。
結晶化しやすい性質を持つシアヌル酸メラミンが、ワンちゃんや猫ちゃんの腎臓に結石を形成し、腎不全を誘発したのです。

メラミン入りのフードで腎不全を起こしたワンちゃんは、アメリカだけで517匹、猫ちゃんは941匹と報告されています(アメリカ獣医内科学会の発表による)。
特に重症化する率が高かったのは、猫ちゃん、もしくは年齢の若い動物たちでした。
腎不全によって亡くなった動物の数は、アメリカ全土で100匹を超えるといわれていますが、これは氷山の一角に過ぎません。
なぜなら、メラミン入りの原材料が使われたフードは、アメリカだけで販売されていたわけではなかったからです。
問題のフードを製造した工場は、各国のさまざまなメーカーのペットフード製造を一手に請け負っていました。
そのため、メラミン入りペットフードは世界中の動物の口に入り、全ての地域を合わせると、死亡した犬や猫は相当数にのぼるのではないかと考えられていますが、ハッキリとした被害実態は分かっていません。

メラミンが混入していた原材料は、中国産の小麦グルテンやコーングルテン、米由来のタンパク質でした。
グルテンとは、厳密にいうと、穀類に含まれるグルテニンやグリアジンといったタンパク質と水が組み合わさることによってできるタンパク質ですが、「穀類のタンパク質」のことを大雑把に「グルテン」呼ぶこともあります。
小麦グルテンもコーングルテンも、植物性のタンパク質源としてペットフードに配合される素材です。

メラミンは、「誤って混入してしまった」のではなく、「意図的に混入された」ものでした。
中国の業者が、食品ではないメラミンを、ペットフードの原料に添加した理由は、「タンパク質が多く含まれていると見せかけるため」でした。
通常、食品にどの程度のタンパク質が含まれているかを調べる際には、ケルダール法やデュマ法(燃焼法)という測定方法が用いられます。
これらは食品に含まれる窒素を取り出し、その値を測定することによって、食品中の大まかなタンパク質量を求める方法です(窒素はタンパク質の構成成分です)。
ケルダール法もデュマ法も、窒素量からタンパク質量を割り出す方法であり、タンパク質そのものの量を測定するわけではありません
メラミンには窒素がタップリと含まれているため、グルテンに混ぜることによって「窒素量=タンパク質の含有量の多い原材料」に偽装することができるのです。
この原料を製造していた中国の業者は、「我が社のグルテン類は、タンパク質の割合がほぼ100%の、非常に高品質な原料である」と宣伝していたとも伝わっています。

タンパク質の測定法などの詳細は、こちらの記事をお読みください。→ドッグフードの保証成分「粗タンパク質」とは?

幸いなことに実害はなかったものの、日本でもこのメラミン入りのドッグフード(アメリカの企業が販売していたもの)の店頭販売が一部地域で確認され、農林水産省が回収を呼びかけました。
ペットフードの世界的な大規模リコールに発展したこの事件は、2009年より日本で施行された「ペットフード安全法(愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律)」(※3)が作られるきっかけとなりました。
同時に、中国産ペットフードの安全性への警戒感が、世界的に高まったのです。

※3 ペットフード安全法(愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律)・・・粗悪なドッグフードから、犬と猫の健康を守るために作られた法律です。日本国内に流通するペットフード(2018年3月現在では、ドッグフードとキャットフードのみ)のパッケージの表示内容や、原材料・添加物の使用基準など、ペットフードの安全性に関するさまざまな事項を定めています。日本に輸入される海外製のドッグフードも規制対象となり、違反している商品は回収措置などが取られます。この法律が施行されるまで、日本のペットフード業界は、どのような原材料を使ってもお咎めなしの無法地帯でした。 ペットフード安全法については、こちらの記事で詳しくご説明しています。→ドッグフードに関する法律の内容と問題点

中国の愛犬家に人気なのは海外製のドッグフード

前述のように、2018年現在、中国では犬をペットとして飼う人たちが増えました。
「ステータスとして」、「パートナーとして」など、犬を飼う目的は人それぞれですが、飼い主さんたちに共通しているのは「愛犬には安全な食事を与えたい」という思いです。
しかし残念なことに、中国に暮らす人たちの中にも、自国の食の安全性に不信感を持つ人が大勢います

メラミンが混入したペットフードの一件の他にも、中国では、メラミン入りの乳幼児用粉ミルクが販売された事件(※4)も起きており、4名の死亡者が出ています。
さらに、メラミンは入っていなくても、極端に栄養価の低い粉ミルクによって、赤ちゃんたちに健康被害が出たという事例もありました。
工場排水などを原因とする重金属や、毒性の強い農薬の使用・大量散布などによる農作物の汚染も深刻です。
日本においても、2007年から2008年にかけて、中国から輸入された冷凍餃子に、メタミドホスやジクロルボスという有機リン系農薬が入っていたことによる中毒事件が起こっています。

※4 2008年に起こった、乳幼児向けの中国産粉ミルクにメラミンが含有されていた事件は、中国国内の5万人以上の子どもたちに健康被害(膀胱や腎臓の結石など)が出ました。メラミンを添加した理由は、ドッグフードの事件と同様に、「タンパク質が豊富な、質の良い粉ミルクに見せかけるため」でした。メラミンの含有量は商品によって差がありましたが、最大で「粉ミルク1kg当たり2563mg」であったことが分かっています。ちなみに、人が一生涯毎日摂取しても健康被害が出ないであろう1日当たりのメラミンの量(耐用1日摂取量)は、体重1kgにつき0.63mgや0.5mg程度といわれています(数値に若干の差がある理由は、発表した機関が異なるためです)。

また、2014年には、アメリカの米食品医薬品局が、中国製のペットフードが原因と思われる、犬の健康被害が出ている旨を公表しています。
対象となる主なフードは、中国で作られた鴨や鶏肉、さつまいもを使用した犬用ジャーキーです。
これらを食べた約5600匹の犬に、腎不全や消化器・胃腸疾患、下痢、嘔吐、じんましんなど、さまざまな症状がみられ、その内1000匹を超えるワンちゃんが亡くなったといわれています(ただし、この事例に関しては明確な因果関係が確認されておらず、中国側も「科学的な根拠がない」と主張しています)。
こうしたさまざまな事件を通して、中国国民の中にも「自国の食品は怖い」と思う人々が増えているのです。

そのため、愛犬に与えるドッグフードも、中国メーカーの商品ではなく、外国からの輸入品が好まれる傾向があります。
外国製のドッグフードは、日本と同様にインターネットや店頭(どこのお店にも置いてあるというわけではないようです)で購入することができますが、価格が高いことがネックです。
また、商品を気を付けてチェックしないと、偽物を買ってしまうこともあります。中国では、海外有名メーカーのドッグフードの偽物が多く出回っているのです。
しかもそうした偽物フードには、粗悪な原材料が使われていることが多いともいわれており、飼い主さんたちの不安をあおっています。

原産国だけでなく原材料の産地を確認してフードを選ぶ

日本では、アメリカ、オーストラリア、タイ産の輸入ペットフードが市場の9割以上を占めています(タイ産のフードは、鶏肉や魚主体のキャットフードがメインです)。
中国産のドッグフードは、上記の3ヶ国に次ぐ第4位です。
また、中国の工場で製造した、日本企業のドッグフードも多く販売されています
日本国内の店頭に並んでいるドッグフードや歯磨きガム、ジャーキー、ビスケットなど、多くの商品に、「原産国:中国」と表示されています。

ペットフード安全法において、各メーカーは、フードパッケージに「原産国の表示」をしなければならないと義務付けられていますが、原産国の定義は、「最終的に商品を加工した国」です。
そのため、途中まで別の国で調理し、最後に少しだけ日本で手を加えれば、「原産国:日本」や「国産」と表示することができてしまうのです(※5)。
また、日本で全ての製造が行われたフードであっても、どこの国の原材料を使用しているかは分かりません
メーカーによっては、パッケージやWEB上で積極的に素材の原産地を開示しているところもあります。
しかし、材料の原産国がどこにも表示されていない場合には、メーカーに問い合わせない限り、私たちに知る術はありません

中国産の原材料は、日本産の素材の10分の1程度の予算で揃えることが可能です。
したがって、日本産表示のドッグフードであっても、中国から輸入した材料が使用されている可能性は高いと考えられています(これは、私たち人間の食品に関しても同様です。安価な値段で食べられる食品や飲食店の多くは、中国産の食材を使用しています)。
ドッグフードを選ぶ際には、「どこの国の会社の商品か」だけではなく、「どこの国の原材料が使われているか」までを確認することが大切です。

※5 「容器にフードを詰める」、「パッケージにラベルを貼る」といった、ごく簡単な作業を行っただけでは、最終的な工程とは認められません。

まとめ

2018年時点での中国の人口はおよそ13億8000万人であり、世界第1位です。
さまざまな農作物の成長に適した気候、豊富な水資源、広大な国土は、中国の人口をここまで増加させた大きな要因です。
中国は、たくさんの人々や動物を養えるだけの食料を生産できる、良質な環境を有しています。
そのような豊かな大地に恵まれた国の食べ物が、世界中で敬遠されているという現状は、非常に残念なことです。

もちろん中国国内にも、安全な食品作りを行っている誠実な業者や個人も多く存在することでしょう。
しかしその中に、世界規模の深刻な健康被害を引き起こすような食品を製造する、利益最優先の業者が一部混ざることによって、真面目な業者も全て疑いの目で見られてしまいます。

ペットブームの拡大とともに、中国国内のペットフードメーカーも、優良な商品を提供する会社が生き残り、粗悪なフードを作る会社は淘汰される時代がやってくるかもしれません。
しかし、それはまだまだ先の話でしょう。
中国におけるさまざまな食の問題の背景には、「儲けのためなら、安全性や消費者の健康は二の次」といった思考の他にも、諸外国との衛生観念の違いや、食品生産者の農薬や化学物質に対する知識不足(危険性についての啓蒙、教育の不足)など、さまざまな問題が絡んでいるからです。
また、「安いから」という理由で、中国産の食材や商品を大量に消費する各国(もちろん日本も含まれます)も、中国の環境汚染や食物汚染を加速させる要因のひとつです。

こうした諸問題を一気に短期間で解決することは困難でしょう。
現在のところ、愛犬の健康を守るために私たちができることといえば、原産国や素材の産地、さらにはフードメーカーの理念までをしっかりとチェックして、自らが安心して愛犬に与えられるドッグフードを選ぶことだけではないでしょうか。