ドッグフードの栄養添加物「炭酸マンガン」の働きと欠乏症・過剰症

ドッグフードの栄養添加物「炭酸マンガン」

常日頃、マンガンというミネラルを意識的に摂取しているという人はいないのではないでしょうか。
それもそのはずで、自然界に広く分布しているマンガンは、さまざまな食品にも含まれているため、通常の食生活を送っていれば不足する心配はほとんどないのです。
自然と必要量が満たされてしまう栄養素であるが故に、健康に関する話題にも上りにくく、マンガンが注目を集める機会はあまりありません。

地味な存在のマンガンですが、実は私たちやワンちゃんたちの健康を陰で支えてくれている頼もしいミネラルなのです。
そんなマンガンを補給する目的でドッグフードに配合されている飼料添加物が、炭酸マンガンです。

炭酸マンガンの概要

動物用飼料に肥料、釉薬と、利用範囲は幅広い

炭酸マンガンは、ミネラルの一種であるマンガンと炭酸がイオンが結合した物質です。
化学式では「MnCO3」と表され、水に溶けにくい性質を持った無機化合物に分類されます。

炭酸マンガンは、ドッグフードや家畜用の飼料に、マンガンの供給源として添加されています。
また、人間が服用する栄養剤や造血剤に栄養補助として使われる他、田畑の肥料、コンクリートや陶磁器(※1)の色付けに用いられるなど、炭酸マンガンの用途は幅広いのです。

※1 炭酸マンガンは、陶磁器の釉薬(ゆうやく/うわぐすり)としても利用されます。釉薬とは、陶磁器にかけて焼くことで、独特の照りや色味を表現するために使う薬です。釉薬をかけると焼き物の表面がガラスのような薄い膜で覆われた状態になり、耐久性や耐水性もアップします。釉薬にはいろいろな物質が使われますが、炭酸マンガンを用いると、量を加減することで黒や茶色からピンク色まで、さまざまな色味を出すことが可能です。

ロードクロサイトは炭酸マンガンからできた石

天然石として販売されているロードクロサイト(インカローズ)です。含有される成分の構成によって、さまざまな色のものが存在します。

自然界にも炭酸マンガンは存在しています。
菱マンガン鉱(りょうまんがんこう)、もしくはギリシア語で「バラ色の石」を意味するロードクロサイトという名を冠した鉱石の主成分が、炭酸マンガンです。

ロードクロサイトは、日本においては主にインカローズと呼ばれ、天然石のブレスレットやネックレスなどに加工されます。
石の名の通り、「バラ色の人生」に導いてくれるとも言い伝えられており、お守り代わりに持っている人も多い石です。

「インカローズ」の「インカ」という名称は、ロードクロサイトが初めて発見された場所が、過去にインカ帝国が存在したエリアに当たる、アルゼンチンの鉱山だったことから名付けられました。
「ローズ」は、石の内部にバラの花のように見える白色の縞模様が形成されていること、また、石の色がバラのような鮮やかなピンク色だったことが由来しているといわれています。

炭酸マンガンの濃度の高いロードクロサイトは、前述のようにキレイな濃いピンク色です。
しかし、炭酸マンガン以外に含有される鉄などの不純物の種類や含有量によって、上の写真のような薄いピンク色や真っ赤、黄色、茶色、灰色など、さまざまな色の石が存在します。
赤くクリアなものほど質が良いとされ、宝石などに加工されて高値で取引されています。
ロードクロサイトは、アルゼンチンを始め、日本やアメリカ、メキシコ、オーストラリア、アフリカ、インドなど、多くの国で産出されている石です。

マンガンについて

自然界に幅広く存在するマンガン

炭酸マンガンによって補給できる栄養素は、マンガンというミネラルの一種です。
この項目では、「マンガンとはどのような栄養素なのか?」ということについて解説していきたいと思います。

元素記号ではMuと表記されるマンガンは、白みを帯びた灰色の金属です。
一見、鉄のようにも見えるマンガンですが、鉄以上の硬さを持つ半面、衝撃などに対する耐久性では劣ります。
また、酸に弱いうえに、空気中で酸化しやすいという欠点も併せ持っています。

マンガンの分布は幅広く、土壌や海水、地下水、石や岩、植物、動物と、自然界に存在するあらゆるものに含まれているといっても過言ではありません。
とはいえ含有量はそれぞれで、食べ物で例えるならば、穀物類やクルミ・松の実といった種実類、岩塩などに豊富に含まれています。
反対に、動物性食品における含有量は少ないため、肉類はマンガンの供給源としてはあまり適当ではありません。

マンガンは犬の必須微量ミネラル

ワンちゃんにとって、マンガンは欠かすことのできないミネラルですが、その必要量はわずかです。
マンガンのような、「健康の維持に不可欠ではあるものの、ごく微量で足りるミネラル」のことを必須微量ミネラルと呼びます。

成犬の体内には、3~15mgほどのマンガンが含まれていると考えられており(この値はワンちゃんの体の大きさによっても変動します)、肝臓や腎臓、骨、消化管など、一部多く含有している器官もみられますが、ほぼ全身に分布しています。
ちなみに、人間の体内に存在するマンガンの量は、成人で12~20mg程度であるといわれています。

活性酸素から保護し、元気な体を作る

マンガンは、細胞内に存在するミトコンドリアがきちんと働くために欠かすことができません。

ひょろりとしたカプセルのような楕円の形が特徴的なミトコンドリアは、大昔には独立した生命体(バクテリア)であったといわれています。
いつの間にかそれを動物たちが体内に取り込み、自らの生命活動に役立て始めました。

ミトコンドリアはひとつひとつの細胞の中で待機しており、栄養素が入ってくると酸素を利用して分解を始めます。
この働きによって、アデノシン三リン酸(ATP)というエネルギー源が生み出されるのです。
アデノシン三リン酸から発生するエネルギーは、体を動かす、物を考える、食べ物を消化する、見る、聞く、嗅ぐなど、さまざまな生命活動の原動力となります。
ミトコンドリアが元気に働けば働くほど、代謝が上がり、疲れにくく痩せやすい体になります

しかし、ミトコンドリアがエネルギーを産生する際には、スーパーオキシドアニオンラジカルという副産物が発生します。
スーパーオキシドアニオンラジカルは活性酸素※2)の一種であり、体内に入り込んできた細菌や毒素を退治してくれるという重要な役割を持ちますが、ワンちゃんの体まで攻撃してしまうほど強力な毒性も有しているのです。

スーパーオキシドアニオンラジカルが体内の脂質を過酸化脂質へと変質させると、体の各器官を構成する細胞が連鎖的に酸化されます。
「酸化する」ということは「錆び付く」ということであり、錆び付いた細胞は機能が低下し、本来の役割を果たせなくなります。
その影響は、心臓病や高血圧、ガン、アレルギーなど、さまざまな体の不調となって表れるのです。

※2 活性酸素・・・通常の酸素よりも不安定な構造を有し、少しのきっかけで変質しやすい状態の酸素のことです。

とはいえ、スーパーオキシドアニオンラジカルを始めとする活性酸素は、ワンちゃんを始めとする動物たち(人間も含みます)が生きていく上では避けられない物質です。
そのため動物の体内には、活性酸素を除去するシステムが備わっています。

そのシステムのひとつが、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)と呼ばれる酵素です。
過剰に発生したスーパーオキシドアニオンラジカルは、スーパーオキシドディスムターゼによって分解されることにより、酸素や過酸化水素などに姿を変え、最終的に無害化されます。
この酵素の構成成分として活躍し、ワンちゃんの健康を守ってくれるのもまた、マンガンなのです。

この他にもマンガンには

  • 糖代謝に必要なインスリンの生成
  • さまざまな酵素の活性を強める
  • 造血をサポートする
  • 骨にカルシウムを沈着させる
  • 軟骨を形成する
  • 神経機能の働きを補助する

など、多くの働きが確認されています。
これだけ色々な作用を持つことが分かっているマンガンですが、その働きはまだ完全には解明されておらず、謎に包まれたミネラルでもあるのです。

マンガンの欠乏症と過剰症

マンガンの欠乏は関節や生殖機能へ悪影響を与える

マンガンが欠乏すると、ワンちゃんに次のような症状がみられることが分かっています。

  • 関節が腫れ、スムーズに動かなくなる
  • 足を引きずるようにして歩く
  • 発情(ヒート)の周期が一定でなくなる(遅れぎみになる)
  • 受胎率や出生率が下がる
  • 死産の確率が上がる
  • 子犬の骨の形成が妨げられ、前脚がゆがんだように曲がる
  • 活性酸素によるさまざまな病気が発生する

以上のように、マンガン不足はワンちゃんに深刻な健康被害をもたらすリスクがあります。
総合栄養食(※3)のドッグフードを、規定量摂取できている健康なワンちゃんであれば、マンガンの欠乏の心配は少ないでしょう。
しかし、鉄やコバルト、リンなどのミネラルはマンガンと競合し、互いに吸収を妨げ合うということが分かっています
上記のようなミネラル類を長期的に大量摂取し続けていた場合、マンガン欠乏を引き起こす可能性はゼロではありません。

※3 総合栄養食・・・犬が必要とする全ての栄養素を、種類、配合量ともに兼ね備えたドッグフードのことです。一般的には、総合栄養食と新鮮な水さえあれば、ワンちゃんが健康的に生きていくことが可能であると考えられています。

マンガンの過剰摂取のリスクは低い

マンガンの吸収率は非常に低く、摂取した分の約5%以下しか吸収されないといわれています。
マンガンには、炭酸マンガンの他にも塩化マンガンや酸化マンガン、硫酸マンガンなど、多くの化合物が存在しますが、種類による腸管からの吸収率の違いはありません。

とはいえ、マンガンはさまざまな食品に含有されている成分です。
いくら吸収率が低いとはいえ、「色々な食べ物を食べているうちに、知らず知らずのうちにマンガンを過剰に摂取してしまう危険性はないのか?」という疑問も湧きますが、その心配はありません。
多くの食品に含まれるミネラルだからこそ、ワンちゃんの体にはマンガンの摂り過ぎを防ぐ仕組みができており、腸管からの吸収量がコントロールされているのです。
また、マンガン自身の毒性も低く、使われなかった分はそのほとんどが便の一部となって排泄されていきます。
マンガンを大量に摂取したと仮定した時に懸念されることは、鉄など他のミネラルの吸収が妨げられるということぐらいでしょう。

ちなみに、あまりワンちゃんとは関係ありませんが、工場などでマンガンを扱う場合、長期的にマンガンを吸い込むことによって、マンガン中毒を発症するリスクはあります。
マンガンは呼吸器からも吸収されるため、大量のマンガンを吸い込むと、抗生物質が効かないタイプの肺炎(マンガン肺炎)の発症、まともに歩けない、大量の汗をかく、さまざまな精神障害が起きるなど、深刻な健康被害が引き起こされる可能性があるのです。

まとめ
炭酸マンガンと、必須ミネラルであるマンガンについてみてきました。
マンガンは、体内にはごく微量しか含まれていはいませんが、ワンちゃんがパワフルに活動することをサポートし、活性酸素の害からも守ってくれる大切な成分です。
特に、マンガンを材料とするスーパーオキシドディスムターゼは、加齢に伴うミトコンドリアの働きや数の低下とともに、段々と減少していきます。
この減少を少しでも食い止め、愛犬にいつまでも若々しく元気でいてもらえるように、マンガンの適度な摂取を心掛けましょう。
とはいっても、特別なことをする必要はありません。
ミネラル分などの過不足のない、バランスの取れた食事をしっかりと食べさせてあげる、これが大切です。